「私はもう、カメラがないですよ」
このように言っている自分は、やはりカメラを気にしています。
これは典型的な日本的な表現スタイルですね。
実は、私は撮影やカメラのことを真剣に気にしていますよ。でも、最近の世界は撮影に対して敵意を持っているように思います。敵意があるとは、つまり、撮影やカメラがこのつまらない世界によって破壊されたということです。多くの低俗な人々が写真について話していることで、カメラを俗物に変えているのです。
私にとっては、こんな馬鹿馬鹿しい世界、こんな高いカメラ、こんな混乱した市場を前にして、カメラがなくでも大丈夫ですよね。
実は、私にとって撮影で一番大事なことは、撮影の心です。カメラがあってもなくても、私は目で美しさを感じ、心の中で撮影を完成させます。
これは私らしい撮影です。これは芸術の魂です。
